本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)

第23回:苦味は世界最高の味

長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎

本郷先生近影福島県南会津町に1716(享保元)年創業の「開当男山酒造」あり。酒造りの土蔵にはその昔、主の様な大きな白い蛇が住み着いて、時々顔を出すといわれた。1997年醸造の大吟醸の熟成古酒「十年古酒大吟」。その奥深い味はフランスの鴨料理にぴったりだが、苦味を主張する山菜とも相性が良い。

この地方に、古くから伝承されてきた天然の山菜の塩漬けを扱う専門の店がある。雪深い山里に囲まれた地域の”越冬の知恵”を扱う「きのこ屋」を紹介してもらい、山ウド、フキ、フキノトウ、ワラビ、イラ(アイコともいわれる)を送ってもらった。

塩出しの時間は指示された12時間。最後は自分の舌で決定する。

山菜の数々山ウドとソフトニシンを煮付ける。ウドが持つ天然のさわやかな苦味が何とも言えない。フキは細身だが、ワラビと一緒に揚げて、打ち豆、ちくわを加えて、炒め煮にすると美味しい。前者は多少熟成年数の長い濃熟タイプ古酒と、後者は淡熟タイプの古酒と相性が良い。それぞれの持つ苦味の量が対等なのがその理由かもしれない。

新潟県は奥阿賀、別名”山菜あがのの里”とも。雪解け水の豊富な阿賀野川流域にある「下越酒造」は1880(明治13)年創業。「麒麟秘蔵酒大吟醸」「麒麟生もと醸造1998年」等を造る。

この山里にある「宮川糀屋」が製造販売するいろいろな山菜のみそ漬けが、淡熟タイプ、中間タイプの熟成古酒の肴としてピッタリ合う。買い求めて送っていただいた。

山ウドやフキノトウのみそ漬け、シソの南蛮みそにフキみそ…。肴はそれだけでも、熟成古酒は飲める。山菜の苦味をみそがうまく包み込んで、口の中で溶け込むころには、山里の水墨画を見る境地で柔らかな酒を楽しめる。いにしえの人々が楽しみ、伝承として残してきた食べ物だと思う。

苦味は今、世界的に最高の味といわれ、楽しまれているが、古くから日本の風雅な心和む伝統の味といえる。

チョコレートが熟成古酒に良く合うことは、当初新しい驚きであったが、チョコレートにも甘味だけでなく、苦味があるからだろう。チョコレートの持つ苦味と熟成古酒の相性の良さ、そしてきれいな甘味にもマッチする。チョコレートの味にピッタリくる熟成古酒を合わせるか、はたまた熟成古酒に合うチョコレートを選ぶか、といった楽しみがある。

伝承する日本の伝統食だけでなく、海外の食べ物の中から苦味の通じる味合わせを探し出す喜びを今後も続けていきたい。

次回は熟成古酒のブレンド酒を紹介する。

(Kyodo Weekly 2010.2.8号掲載)