本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)

第25回:心和ませる熟成香

長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎

本郷先生近影食物の旨さは、最初の香りで80%が決まるともいわれる。熟成古酒の多くは人々の心和ませる香りの力を持っている。酒を利く人は、習慣として食べ物を口に運ぶ時も、まず鼻に持っていき、香りをかぐのが癖になっている。

ある居酒屋さんの話。

「客の中でうんちくにうるさい人がいる。本当に酒についての知識に富んだ人であるかどうかは、最初の一杯を、鼻に持っていくか、口に持っていくかで分かる。前者は常に酒に接している人が多いから、ご意見を伺う。後者は口ほどではないので、こちらの話を提案しても良い」

熟成酒屋「花」にて酒の香りは単体でなく、複合的である。まずは静止した状態で、次に揺らして、そして時間を置いて何度かに分けて、利くことが大切である。早く抜ける香り、残る香り、その中で本当の香りを探し出す。食べ物と融和するか、あるいは浮き出てしまうのか。そこまで判別する必要がある。

例えば、吟醸酒でいえば、鼻でまずかぎ分ける「うわ立ち香」と、口の中に入れて始めて強く感じる「含み香」に分けられるが、それぞれ別物である。現在、このうち「含み香」の柔らかい香りが好まれている。

熟成古酒では、酒が造られた時の最初の香り、それが基礎になる。これに熟成による香りがプラスされていく。利き酒グラスに注いだ後、ある程度の時間が経つと、熟成が始まる際の最初の味が浮き出てくる。

熟成酒屋「花」熟成古酒にとっては、心を和ませる香りがあるかどうかが重要になる。安堵感すら与えるこの「熟成香」は、濃熟タイプの”解脱”を得て、帝王の熟成に入った「年代モノ」に多く存在する。香りを知るためには、低温よりもぬる燗の方が良く利くことが出来る。

清酒には、嫌な香りとして「老香」「熟し香」「アルデヒド香」等が挙げられるが、「熟成香」はこれらの香りと違った物質から出来ていることが醸造学会の発表で浮上している。熟成香が酒を十分に”占拠”するまでに要する時間は、酒それぞれによって異なるが、熟成段階でこれらの不評な香りを発生させないことがとても大切になる。

紫外線や酸素の量、熟成温度の高低が熟成に影響を与えることになる。紫外線等が届かない場所が選ばれるゆえんであり、初期の熟成時の温度管理の問題も出てくる。熟成は低温だけではほとんど進まない。それぞれのタイプにより仕込配合比率、温度管理と酸素量との関係は異なるが、古城の石垣の様な安堵感のある、心和む香りを造りだすことが可能となる。そうして生まれた熟成香は、何ものにも侵されない確固したものになる。

次回はお湯割りと水割りの香りの違いについて。

(Kyodo Weekly 2010.4.12号掲載)