本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)

第29回:鉱山坑、防空壕活用の熟成酒

長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎

本郷先生近影雪の積もる地帯の酒蔵の建物は頑丈である。1メートルを超える積雪にも耐える必要がある。蔵内に張り出された大きな支柱は、心休まる美を有している。製造蔵として、あるいは貯蔵熟成蔵として百年単位の企業活動を守ってきた。

盛夏に酒蔵に入ると、通常冷たい肌あたりを感じる。蔵元は日の出前に蔵窓を開け、日の出後に閉める、貯蔵熟成に最高の環境をつくるのが日課である。

日本の南の地域では、昔から泡盛や焼酎の熟成古酒造りがあったとの一般認識があるが、北の地域ではあまり聞かない。

洞窟内の様子1996(平成8)年ごろ、秋田県の北、尾去沢鉱山の廃坑跡で熟成古酒を造り、その柔らかな酒を東北の観光地の一流ホテルや旅館で提供するという試みから熟成を始めた。当時、北海道東北開発金融公庫の支店長を中心に、宮城の「一ノ蔵」と地元の「千歳盛」が東北古酒研究会に参加。「一ノ蔵」は山廃を中心に、「千歳盛」は吟醸中心に熟成を始めたと聞く。

山形県酒田市にある山居倉庫は、国の米蔵として有名である。土蔵倉で屋根は湿気防止のための二重構造となっており、さらにこれら倉庫群を大きな欅(ケヤキ)並木が覆うことで、いわば三重の屋根を形成している。この一角を借り受けて、酒販店木川屋が2000(平成12)年から「初孫」と「栄光冨士」を720ミリリットル、4000本を毎年積み上げ、夏は13℃、冬は10℃で熟成。他に「古酒二十歳の会」を主催し、これには他の地元銘柄も熟成させ、古き伝統に挑戦している。

戦争は、多くの防空壕や防空壕工場を残した。地方の酒造家の防空壕の多くは、四囲の山を横に掘って、人が隠れるだけのものから、瓶詰め、甕(カメ)詰めの酒の貯蔵、そして木桶貯蔵までが可能な大きさまであり、それを今も生かしているメーカーが数々ある。

小さな防空壕の中での酒甕としては、岡山の「酒一筋」の蔵元、利守酒造等。洞窟をそっくり熟成庫とする栃木の「東力士」の蔵元島崎酒造では、消費者の熟成希望を受け、受託熟成まで行っている。壕には現在約13万本の酒が熟成の眠りについており、5年、10年、20年の委託契約が行われている。1.5リットルボトル1本当たり5年で1万円、10年で1万5000円、20年預かりで3万円(税、送料別)で行われ、オーナーズカードが発行される。

島崎酒造の委託熟成

吟醸などの熟成温度10~13℃は、やや低めにあたる温度で、引き取って飲むまでは15~18℃の土蔵の蔵内常温といわれる温度帯でならすと良い。引き取った後の温度処理により、我が家の本当の味を造る楽しみがある。熟成は千差万別である。我が家の家の味を造りたい。

次回も千差万別な熟成を掘り下げてお話ししたい。

(Kyodo Weekly 2010.8.9号掲載)