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本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)
第1回:800年の流れ
長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎
2010年12月14日(火)
「何、日本酒にVintage?」
「清酒は放っておくと酢になるんじゃないの?」
間違った常識ができちゃって、日本の伝統文化は貧しいものにされている。なぜこんな知識が出来上がってしまったのか、寂しい限りの文章の始まりである。
世界の民族の中で優れた文化を持った民族は優れた酒を持っているという。年代物のワイン、ブランデー、ウィスキー、紹興酒、その多くは熟成古酒である。ビールにもランビックがある。日本の米による酒の始まりは紀元前300年~同200年ごろよりと推定され、日本酒にも熟成古酒がなかったわけではない。数多くの古文書の中にその多くが記されている。
熟成古酒については、鎌倉時代の古文書に日蓮上人が女性信徒から贈られた古酒に対し、礼状を出したというエピソードとして紹介されている。
「人の血を絞れる如くなる古酒を仏、法華経にまいらせ給える女人の成仏得道、疑うべしや」。
この時代の公家や寺院の日記の中には「古酒」という言葉がよく出てくる。
1252〈建長四年〉、鎌倉幕府は古酒禁制例を出し、鎌倉の民家の酒つぼ3万7274個を破棄させ、諸国市酒の販売を停止させたという。1698(元禄十一)年の幕府の調査では全国の蔵数2万7251戸、造り高16万4037キロリットル(90万9337石)であったという。当時の人口を推考すれば、相当量の酒が飲まれていたことになる。室町時代から戦国時代までは新酒より古酒が好まれ、古酒が高い価格で流通していたという。
今から約300年前、元禄時代以降に書かれたと見られる古文書「本朝食鑑」に長熟古酒についての記述がある。
「…收蔵千瓶壺、能可經年、至其三四五年者、味濃厚美最佳也、及六七至十年者、味薄気厚、色亦深濃、有異香尚佳…」
「3、4、5年モノ」の古酒は「味が濃く、厚みがあって最もよい」とあり、さらに「6、7年から10年モノ」の熟古酒になると「味は薄く気は厚め、色は深く濃く、独特の香りがあってなおよい」との意味合いである。その文からは、長熟古酒が澄み切った濃い褐色に輝き、のど越しはスッキリとした風格のある酒だったことが想像できる。
江戸時代幕府大奥で将軍が熟成古酒を飲んでいた様子について御次(奥女中)の佐々鎭子の談がある。「御膳酒と申して、真っ赤な御酒でございます。嫌な匂いがいたしましてね、あれは幾年も経った御酒でございましょう」(林美一著「江戸の24時間」より)
しかし、Vintageが明治になると忽然と消えることになる。その理由は次回に。
(Kyodo Weekly 2008.4.14号掲載)