本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)

第26回:熟成古酒のお湯割りと水割り

長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎

本郷先生近影吟醸酒は明治以降に誕生した酒である。あの香ばしさは、初めての人はまずビックリする。海外の醸造関係者は「この香りは穀類から発生したものとは考えられない」と言う。日本が何百年もかけて育ててきた醸造技術の中で、それまでの「中硬水」による仕込から、全国に多く分布する「軟水」による仕込の成果が生まれた。

低温長期の発酵期間に耐える麹造りの重要性から「一に麹、二に酛」で、香りを出して逃さない技術が磨かれてきた。酒を口に含まず、酒の表面から鼻で感じる上立ち香は、多少固い直線的な酢酸エチルを主体とする香り。一方、口に入れて感じる含み香は、柔らかな香りのカプロン酸エチルを主体とする香りである。麹造りの研究、使用時の乾燥度、使用する酛・酒母、カプロン酸生成の多い品種等が開発され、各地方でそれぞれの開発が進んでいる。

酒の旨味を出す酒造好適米。以前から有名な「山田錦」や「雄町」や「五百万石」「美山錦」等の他、各県とも開発し、その香りの発生、保持が可能となった。各地に簡単に名杜氏が生まれる素地が出来てきたのである。

しかし、その香りたるや、秋の快晴の様にて、1年だけではなく、継続可能でなければならない。そこに名杜氏の存在意義がある。それは清掃、消毒の行き届いた清潔な蔵でしか生まれない。吟醸香は低温でも心地よい香りを与えてくれる。

熟成古酒の利き酒光景鎌倉時代から江戸時代に花を咲かせた熟成古酒。明治以降中断し、最近30~40年前に復活した酒の研究は動き始めたばかりである。特に純米酒系常温熟成の濃熟タイプの酒、解脱の期を過ぎて熟成を続ける酒の香りは底堅く、力強い。吟醸酒は酒造好適米をとことん削って、含有タンパクを除去した後、発酵させる。タンパクの存在は良い香りと味の生成の邪魔になるからで、熟成古酒は原料米をそれほど選ばない。精米も70~75%位で麹量を多く仕込んで、製造・熟成の中で麹の酵素が米のタンパクのみを沈下させ、除去する。自然が行う生成作用であり、効率的である。麹は酸の生成を促し、ワインに負けない熟成による糖と酸の調和を盛り上げていく。

濃熟タイプを中核とするブレンド酒を6対4の割合でお湯割りと水割りにする。通常の吟醸酒の場合は、酒の形を崩してしまうが、熟成古酒のケースでは、生成されたソトロンの旨味成分が作用して、酒の形を少しも崩さない。

だが、このお湯割りと水割りの酒は別物であるような感じになる。お湯割りされた熟成古酒の発する香りの量が非常に豊富であり、水割りの酒とは別物との印象を抱くこともある。最初に感じられる香りの量によって、驚くほど差がついてしまう。

次回はロマンを求め、海中での熟成を試みる男達を紹介したい。

(Kyodo Weekly 2010.5.17号掲載)