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本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)
第26回:熟成古酒のお湯割りと水割り
長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎
2011年04月13日(水)
吟醸酒は明治以降に誕生した酒である。あの香ばしさは、初めての人はまずビックリする。海外の醸造関係者は「この香りは穀類から発生したものとは考えられない」と言う。日本が何百年もかけて育ててきた醸造技術の中で、それまでの「中硬水」による仕込から、全国に多く分布する「軟水」による仕込の成果が生まれた。
低温長期の発酵期間に耐える麹造りの重要性から「一に麹、二に酛」で、香りを出して逃さない技術が磨かれてきた。酒を口に含まず、酒の表面から鼻で感じる上立ち香は、多少固い直線的な酢酸エチルを主体とする香り。一方、口に入れて感じる含み香は、柔らかな香りのカプロン酸エチルを主体とする香りである。麹造りの研究、使用時の乾燥度、使用する酛・酒母、カプロン酸生成の多い品種等が開発され、各地方でそれぞれの開発が進んでいる。
酒の旨味を出す酒造好適米。以前から有名な「山田錦」や「雄町」や「五百万石」「美山錦」等の他、各県とも開発し、その香りの発生、保持が可能となった。各地に簡単に名杜氏が生まれる素地が出来てきたのである。
しかし、その香りたるや、秋の快晴の様にて、1年だけではなく、継続可能でなければならない。そこに名杜氏の存在意義がある。それは清掃、消毒の行き届いた清潔な蔵でしか生まれない。吟醸香は低温でも心地よい香りを与えてくれる。
鎌倉時代から江戸時代に花を咲かせた熟成古酒。明治以降中断し、最近30~40年前に復活した酒の研究は動き始めたばかりである。特に純米酒系常温熟成の濃熟タイプの酒、解脱の期を過ぎて熟成を続ける酒の香りは底堅く、力強い。吟醸酒は酒造好適米をとことん削って、含有タンパクを除去した後、発酵させる。タンパクの存在は良い香りと味の生成の邪魔になるからで、熟成古酒は原料米をそれほど選ばない。精米も70~75%位で麹量を多く仕込んで、製造・熟成の中で麹の酵素が米のタンパクのみを沈下させ、除去する。自然が行う生成作用であり、効率的である。麹は酸の生成を促し、ワインに負けない熟成による糖と酸の調和を盛り上げていく。
濃熟タイプを中核とするブレンド酒を6対4の割合でお湯割りと水割りにする。通常の吟醸酒の場合は、酒の形を崩してしまうが、熟成古酒のケースでは、生成されたソトロンの旨味成分が作用して、酒の形を少しも崩さない。
だが、このお湯割りと水割りの酒は別物であるような感じになる。お湯割りされた熟成古酒の発する香りの量が非常に豊富であり、水割りの酒とは別物との印象を抱くこともある。最初に感じられる香りの量によって、驚くほど差がついてしまう。
次回はロマンを求め、海中での熟成を試みる男達を紹介したい。
(Kyodo Weekly 2010.5.17号掲載)