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本郷顧問連載コラム:Vintage Sake (全33回)
第30回:列島に様々な熟成酒
長期熟成酒研究会顧問 本郷信郎
2011年04月21日(木)
長野の縄文時代のある遺跡から、我々の祖先が酒造りをしていたと思量される山ブドウの種が付いた土器が発見された。その後、この地で古伊万里の徳利の中に1689(元禄2)年当時の酒が見つかった。九州と長野の地、これらの陶器は全国に流通していた事になる。
太平洋戦争後、清酒メーカーは戦中の統制からの復活を目指した。一時止められた市場の復活の一つとして、地方ごとに地酒の相互販売を始めた。銘柄はそれぞれ地方のものだったので、地方の有名な陶器の容器に詰めて出すことが多くなった。
そうした中、陶器の焼成温度いかんでは、その後の酒の品質に大きな影響を与えることが判明した。焼成温度800℃以下では2、3年で酒が重い味になり、土の香りさえ感じる。焼成温度1800℃以上の磁器では、酒の熟成が進まぬことが分かり、1200℃前後の温度が良いとなった。
岡山県の利守酒造「酒一筋」は、有名な備前焼作家である森陶岳氏に作ってもらった容量500リットルの12の大甕(おおがめ)で熟成を進めている。その焼き窯の長さは約90メートルになる。良い酒の熟成には、その酒の為の良い環境を作ってやることだといわれ、土との接点もまた然りである。
岐阜市門屋門にある臨済宗の古い禅寺・大智寺は、緑濃い小山の中にある。寺の境内から清水が湧き出て、庫裏の下を流れている。“面壁九年蔵内十年”の熟成古酒「達磨正宗」はここから熟成呼び込んだのである。
元禄時代から続く秋田県大仙市長野の「秀よし」。敷地内の古井戸での熟成を中断していたが、地元の酒販店と再構築に取り組み始めたという。雪深い田園地帯。頑丈な土造蔵と併せ、酒別の温度熟成も出来、里山の原風景の中での酒の誕生が待たれる。
福岡県の旧JR矢部線の廃トンネルを活用しているのは、「杜の蔵」他9社の福岡銘酒会である。1986(昭和61)年から共同熟成をはじめ、酒造りの上手な渡来人・須々許里(すすこり)の名をとって純米古酒5年熟成の酒等を限定販売している。
土を利用する熟成は補修との戦いでもある。自然の厳しさと優しさを食の中に、憩いの中に生かす努力は、ひとつのロマンである。
今、世界の街で古い貴重な酒の発見が数々伝えられている。次回は、これらを追っている日本の若者の話を紹介する。
(Kyodo Weekly 2010.9.13号掲載)